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【就活】難関大というブランドの価値とは

記事作成: K.H   記事編集: K.H | Future |2012.05.19

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現在ある中小企業に勤務している友野明さん(仮名)

主人公の友野さんは、現在中小企業に勤務している23歳。彼は、某難関私大の学生だった頃のことを文章として綴ってくれました。

学歴が欲しい!

10年くらい前のこと。私は、中高一貫校の進学校に通っていました。中高でテニスをやっていましたが、高2の冬で部活もやめ、みっちり勉強を始めました。大学受験を目標に、我武者羅に頑張っていたことを昨日のことのように思い出せます。「オレはこれをやりたいんだ!」というほど、熱くやりたいと思うものはありませんでした。大学のブランドが欲しいと思い、とりあえず名の通った大学に入りたい、そう漠然と考えていました。「最終学歴で人生が決まる」と進路の先生には強く言われていたので、完全に学歴欲しさに大学を目指していました。
1年と少しの受験勉強の末、第一志望の某難関大学には落ちてしまいました。その大学の二番手くらいの大学には合格しました。「ここなら名は通ってるだろう」と思ったのと、絶対に第一志望じゃなければ嫌ということでもなかったので、入学を決めました。

やっと掴んだ大学生活

大学が決まって、両親から「ひとまず一流大学に入れてよかったな。これで、就職に困ることはない!」と言われたのが強く印象に残っています。その時は「やっぱそうなんだ、学歴ってそんな重要なんだ」と思っていました。友達と同様、授業で「この授業聞いてみたい!」という授業はありませんでした。、出席すれば、単位がもらえるという、楽な授業ばかり選んでいました。授業には出席していたので,大学の成績はそこそこよい判定をもらえていました。
サークルは、中高でもやっていたテニスサークルに入りました。ただ、中高時代の部活とは大きく違い、練習がメインということではなく、飲み会などのイベントが大部分でした。そのようないわゆる“遊び”以外の時間はバイトをしていましたので、ある意味、忙しい大学生活だったと思います。

漠然とした不安があった

今思えば、「このままで本当にいいのだろうか」という、漠然とした不安はあったと思います。サークルや学科の先輩にも「大学生は遊んでなんぼだろ!」と言われ、受験勉強で苦労した分、遊んでもいいよな、と考えていました。そのまま月日は流れ、3年が経ちました。それなりに楽しい大学生活だったと思います。ただ、大学で何を学んでいたのかと聞かれると、正直はっきりとは答えられません。

魔の就職活動開始

3年の12月に就活が本格化してからというもの、まるっきり生活が変わりました。思えば、どういう仕事がしたいとか、そもそも就職のことなどこの3年間に深く考える機会はありませんでした。そもそも、有名大学に入ることが目標で、大学に入ってから目標という目標がなかった僕にとって、就職先を考える機会などあるわけがなかったのです。3年までにインターンや自己研鑽に勤しんでいた友人は、どんどん内定が決まっていきました。私はただただ焦っていました。今思えば、少しでも将来を見据えて大学生活を送っていた人にかなうはずはなかったのです。人生でこれを成し遂げたいとか、この道が自分が輝ける道だとか考えている人は、パワーが違います。「どっかしら大手企業に行ければいいや」と思っている僕に勝ち目はありませんでした。結局、名前の知られていないような企業に就職が決まりました。「学歴があれば、大手企業に行けて、安定した生活が送れるんじゃなかったの?全然違うじゃないか・・・」、そう思ったときはもう時既に遅しでした。僕にはもう選択肢が残されていませんでした。

就職して現在は。。。

自分でわかっているのです。今の自分には「市場価値」はなく、今の会社を辞めても次が無いということを。どこで道を誤ってしまったのか、深く考えました。今思うと、何をしたいのか、自分はどの分野が向いているのか、ここをしっかり捉えていなかったのが問題だと思います。大学時代は、そういうものを見つける期間なのかなと今は考えています。今は目標を見つけて、勉強をしています。ビジネスに関する知識や語学などです。今思うと、「大学生は遊んでいればいい」なんてのは妄想です。人生で何をしたいのか、真剣に考えれば今違った人生を遅れている気がします。「学歴」に妄信してしまった自分を今更ながら、小さい奴だなと思い返しています。

編集部より

自分の大学生活と比較してみて、いかがでしょうか。「自分と似ているかも」と感じている方も多いのではないでしょうか。友野さんは、大学に行くことが“目的”になってしまっていました。しかし、大学に行くことは“目的”ではありません。「人生でこれをやりたいんだ!」とか「この分野を極めたいんだ!」という目標を達成するために、“手段”として大学に行くのです。この失敗からは、「理想を設定する」ことの大切さが伺えます。理想のないところには、何も生まれません。私達の今後に求められる人材像にも、その理想を設定する力は含まれています。理想を持ちそれを達成するべく、邁進していきましょう。

<失敗の教訓>

「手段」が「目的化」していないか。

(記事作成:K.H   記事編集: K.H )

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