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【今さら過ぎて聞けない!】9.11アメリカ同時多発テロとは?事件から13年経った今だから知っておきたいこと

記事作成: 和田 有紀子   記事編集: 和田有紀子 | Global |2014.09.11

2001年9月11日の朝、悲劇は突然起こりました。アメリカの国内便4機がアラブ系のグループにハイジャックされ、進路を変更、ニューヨークのシンボルともなっていた世界貿易センター2棟とアメリカ国防総省本庁舎(通称ペンタゴン)に突入し、明らかになっているだけでも3,000人以上の死者を出しました。現地と13時間の時差がある日本でも、11日の深夜ごろから盛んに報道され、事実が明らかになるにつれ全世界を衝撃の渦に巻き込みました。その背景については現在でもわかっていないことが多く、盛んに憶測が飛び交っていますが、事実としてどのようなことが起こり、そこからどういった結論が導き出されるのか、9.11アメリカ同時多発テロとはどのようなものだったのかを、わかりやすくまとめました。

同時多発テロとは一体…?

“9.11”として知られるアメリカの同時多発テロとは、2001年9月11日の午前中にアメリカの国内便4機がアラブ系のグループによりハイジャックされ、乗客・乗員を道連れにして世界貿易センターならびにアメリカ国防総省本庁舎に衝突した事件のことです。
乗客として各旅客機に乗り込みコックピットを掌握したハイジャック犯らは、ボストンからロサンゼルスへと向かう予定だったアメリカン航空11便とユナイテッド航空175便をニューヨーク・マンハッタンへ、ワシントンD.C.からロサンゼルスに向かう予定だったアメリカン航空77便と、ニューアークからサンフランシスコに飛ぶ予定だったユナイテッド航空93便をワシントンD.C.へ向かわせました。
午前8時46分にアメリカン航空11便は乗客・乗員を乗せたまま世界貿易センターのツインタワー北棟(第1ビル)に追突し、続く17分後ユナイテッド航空175便が南棟(第2ビル)に同じく突撃しました。ビルは炎上爆発し、多数の死傷者を出しながら9時59分に南棟が、10時28分に北棟が崩壊しました。
一方ワシントンD.C.へ戻ったアメリカン航空77便は、午前9時38分アーリントンにあるアメリカ国防総省本庁舎に激突し、乗客・乗員と国防総省職員多数を巻き込んで10時15分に1階から4階までがすべて崩壊しました。

アメリカ
(各便の予定フライト。どれもボーイング社の機体で、突入の際に爆発が大きくなるよう、意図的に燃料を多く積む長距離移動フライトをハイジャックしたものと考えられています)

9.11、その被害とは

ユナイテッド航空93便に乗り合わせた乗客は、会話などからテログループの目的を認識し、コックピットの奪還に乗り出しました。この便はアメリカ合衆国議会議事堂かホワイトハウスを標的としていたと推測されており、機内での競り合いのおかげで便はどちらの建物にも突入することはありませんでしたが、その手前で地上に墜落し、乗員・乗客全員が亡くなりました。これらの尊い犠牲は、その時の突入の合図“Let’s roll”とともにその後長らく語られることになります。
また、ユナイテッド航空93便以外の3便の乗客・乗員も全員死亡し、どの旅客機もほとんど原型をとどめないほどに粉々になりました。
アメリカ国防総省本庁舎では190人あまりの国防総省職員が亡くなりましたが、特に被害の大きかったニューヨーク・マンハッタンでは、タワー内部にいた人の他、地上や近隣のビル内にいた人、救助にあたった消防士や警察官などを含め、明らかになっているだけでも2,700人以上の死者が出ました。街にはビルの崩壊により凄まじい粉じんが立ち上り、道路は完全に封鎖、煙により救助犬が体調を崩すなど生存者の救出も難航しました。

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(写真提供:mashleymorgan)

事件の背後、テロの動機とは

アメリカでは捜査の結果、当時の米ジョージ=ブッシュ大統領は、ウサマ=ビン=ラディン率いるイスラム系テロ組織「アルカイダ」が犯行に及んだものと結論付けました(アルカイダについて詳しくはこちらの記事より確認できます)。このことについてアルカイダ側は肯定も否定もしない立場を取っていましたが、アメリカにおける反アラブ感情の高まりが凄まじかったことなどを受け、アメリカはこの後「報復戦争」に踏み切ります。
現在でも100%アルカイダが計画・実行犯だと言い切ることはできませんが、一部のイスラム過激派の中でテロに及ぶほどの反米感情が少なからずあったこと、そして今現在もあることは事実です。では、どうしてそうした反米感情が育ってしまっているのでしょうか。

1.戦後、中東(アラブ系の国が多い)の石油資本をめぐって、アメリカの石油メジャーが大規模な掘削を行い、利権のほとんどを握ってしまったこと
2.1990~1991年にかけての湾岸戦争で、サウジアラビア侵攻を狙うイランの抑止力として、イスラムの2大聖地のあるサウジアラビアに米軍を駐屯させたこと(サウジアラビア政府がアメリカに助けを求めた形ですが、ビン=ラディンは反対の姿勢を取っていました)
3.イスラム法に厳格に従うべきだとするイスラム原理主義組織にとっては、アメリカは金銭と快楽を追求する腐敗した神に背く国だと考えられていたこと

もちろん対立の背景にはさまざまな要因が複合的に重なった結果であり、これだけで語ることのできる問題ではありませんが、歴史的背景を少しでもご理解いただけたでしょうか。

未だ解明されない不可解な点とは

アルカイダが計画・実行犯であると断定できない根拠として、9.11には今もなお解明されていない不可解な事実がいくつか存在します。俗に言われる「陰謀説」や「自作自演」と言われる大きな理由はここからきています。

・アメリカ国防総省本庁舎に空いた穴が旅客機よりも小さすぎること
・当時最大の旅客機ボーインが707が突っ込んでも大丈夫なように設計されていた世界貿易センタービルが全崩壊したこと
・ビルは、押しつぶされたような崩壊ではなく、太い鋼鉄の柱までが切断されたように粉々に崩れていたこと
・突撃で上がった黒い煙ではなく、無関係な白い煙が階下から多く上がっていたこと
・直撃を受けていないツインタワー隣の第7ビルも崩壊したこと
・世界貿易センターの直撃を受けていない階下にて、ビル内爆発を示唆する録音が取られていたこと
・政府による十分な検証がなされないうちに崩壊ビルが撤去されたこと

など、その他にも挙げればきりがありませんが、こうした不可解で解明されていない事実が存在しています。こういったことも受けて、あなたはどう考えますか。

Wendy Doremus, wife of Bill Biggart
(写真提供:Wendy Doremus, wife of Bill Biggart)

その後、“グラウンド・ゼロ”

事件後、ツインタワーが崩壊した場所は、広島に原爆が落された際の状況に似ていたことから、通常は核爆弾などが落された「爆心地」を意味する“Ground Zero”と呼ばれ、調査や瓦礫の撤去、遺体の捜索などが続けられていましたが、2002年5月いっぱいで残骸は全て撤去され、遺体の捜索も合わせて打ち切られました。跡地の再建へ向けては、デザイン・コンペが行われ設計が進む一方で、再建施工主であるラリー・シルバースタインや遺族港湾公社、さらにはニューヨーク・ニュージャージー両州議会などの意向がさまざまに絡み合い、一時は訴訟沙汰にまで発展しました。しかし2006年5月23日には、倒壊した第7ビルが無事オープンし、2012年9月には第1ビルを大々的に宣伝する「OneWTC.com」というサイトがリリースされ、2013年5月10日ついに第1ビルが完成し、1,776フィート(独立記念の年にちなむ)を誇る世界で3番目、西半球で最も高い建造物となりました。

事件から今年で13年。まだまだ解明されていないことも多いですが、3,000人以上の尊い命が失われたことは間違いありません。
アメリカはこの後、この事件を事実上のきっかけとして2003年よりイラク戦争に踏み切ります。イラク戦争についてまた近いうちに別の記事でお伝えしますのでお楽しみに。

アイキャッチ画像:Wendy Doremus, wife of Bill Biggart
タイトル画像:DOD/USN/Public Domain

(記事作成:和田 有紀子   記事編集: 和田有紀子

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