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『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞 受賞、夏川草介さんインタビュー

現役医師として地域医療を駆け回る中での執筆活動から見えてくるものとは

記事作成: 中野 綾香   記事編集: 和田有紀子 | Innovation |2014.11.10

「良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬である」
この言葉は、第10回小学館文庫小説賞を受賞し2009年から発売されている『神様のカルテ』の中に出てくる象徴的な言葉です。今回インタビューをお受けくださった夏川さん自身、この言葉を人生の基軸として日々頑張っていらっしゃるそうです。地域医療という厳しい現場で闘いながらも、執筆活動をされている夏川さん。そのような多忙な生活を送っている上で考えている仕事観とは、そして生き方とは何なのか。現役医師の夏川さんにお話をお聞きしました。

医師

夏川草介(なつかわ そうすけ)

1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒。長野県にて地域医療に従事。
2009年「神様のカルテ」で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー、同作で10年に本屋大賞第二位。他の著作に『神様のカルテ2』『神様のカルテ3』がある。

なかの あやか

学生インタビュアー(中野 綾香)

1992年、長野県出身。慶應義塾大学法学部政治学科在学。
いつもは見ることの出来ない、人間の新たな一面・魅力を、インタビューを通して引き出したいという信念のもと、トモノカイgi人材projectで活動を始める。

治療の他に大切となる医師の役割

中野「夏川さんは医師としてどのように働いていきたいと思っていますか」

夏川「あまり深いことを考えている訳ではないのですが、常に最善を尽くす努力だけはしたいと思っています。やはり人間相手の仕事なので、『神様のカルテ』作中にも登場させた“良心に恥じない”という言葉のように、自分に恥ずかしくない仕事をしていきたいですね。何が一番正しいかを判断するのは難しいのですが、最善を尽くすということを常に心掛けています」

「また私は、医師は病気を治すことだけが仕事なのではなく、医師としてやるべきことが他にも沢山あると考えています。私の場合、医師になってからの最初の5年間は“とにかく病気を見つけて早くやっつけてしまおう”という攻めの姿勢で全力疾走していたのですが、徐々に他の重要な点も見えてくるようになりました。例えば患者さんによっては、医師に対して治療ではなくもっと別のものを求めている場合があり、私たちはそれを汲み取らなければなりません。医療という領域の中で治療とは、ほんのひとかけらに過ぎなのです。そのことがわかってくるにつれて、医師であるというのは果てのない仕事であり、その仕事に従事するために懸命に努力する必要があるのだなと思うようになりました」

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 小説を書くこと、それは心を回復する過程

中野「夏川さん自身、医師として働く中でダメージを受け、それがきっかけとなって小説を書き始めたとお聞きしております」

夏川「医師としての生活が5~6年過ぎたあたりで苦しい時期がありました。患者さんと深く関わっていく中で苦しんだり、何かやろうと思ったことがことごとく上手く行かなかったり。時には患者さんとぶつかることもあって、自分の理想が折れてきた時に、医療以外のことをやろうと妻が提案してくれたのです。その一つの選択肢が小説を書くこと。これこそ悲しみから回復するための過程でした」

中野「なるほど。では元々小説家になりたいという希望と医師になりたいという希望が並立していたというわけではないのですね」

夏川「はい、小説家になろうと思ったことは一度もなかったです。小説家がかっこいいと思ったことはありましたが、その立場に自分がいると思ったこともないですし、それで自分が食べていこうと思ったこともありませんでした。やはり私がやるべきことは医師として最善を尽くすことだと考えており、医師として仕事をしていく中で小説を書くということが自分の心の支えになるため、医師と小説家の両方をやっている感じです」

中野「それでは、医師と小説家を兼業していくことに何か信念はあるのですか」

夏川「やはり兼業自体には特別な信念というものはありません。医師という仕事が自分の目指してきたものだという思いがあることに加えて、ここまで自分を育ててくれた先輩の先生たちがいるものですから、その先生たちが命がけで教えてくれたものを次の世代にきちんと繋げていかなければならないと思っています。私自身今は教える側に回っているのですが、教えるということはとても大変です。自分がやれば安全で迅速に済むものを、若い医師たちに教えて出来るようにしていかなければならない。冷や汗をびっしょりかきながら顔だけは笑い、“じゃあやってみろ”と言う立場に自分が立つことによって、自分がいかに先輩たちから大切な事を教わってきたのかということを実感します。ですから小説業を優先したり医師を辞めたりするという選択肢はないですね」

「そしてモノを書くことがお金を稼ぐ手段になってしまうと、こだわりを持って書ききれない部分が出てくるかもしれないという恐怖感もあります。医師は医師できちんとやり、作家業に関しては自分の納得いくまで作品を仕上げて、自分のペースでゆっくりと出していければいいなと思っています。それが私にとって何となくカッコいい生き方なのです」

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 多忙な日々を支えてくれる人

中野「神様のカルテの中には地域医療の過酷な現状、そして医師の方々の激務の様子が書かれていましたが、夏川さん自身が感じる地域医療の現状とはどのようなものなのでしょう」

夏川「労働環境はとても厳しいです。私は昨年365日のうち363日出勤しましたが、年に一日も休んでいない同僚もいます。毎日家に帰れるわけではなく、病院に泊まり込む日も多いのが現状ですね。本当はもっと家に帰ってゆっくりとお酒を飲んだり、家族と一緒に過ごしたりしたいのですが、内科医を志望する医者の割合が減少している現在の状況ではやむを得ないのかもしれません」

中野「夏川さんの著書の中でも家庭を優先したいが仕事もなおざりには出来ないという葛藤で悩んでいた医師がいましたが、夏川さん自身はどのように思っていますか」

夏川「医師になって間もない頃はまだ家庭を持っていなかったので、仕事への熱い志も相まって家庭優先などという感覚は持ち得なかったです。しかしながら家庭を持つ身となり、かつ家に帰れない日々を誰に支えてもらっているのかと考えると、やはり家族に支えられているのだということに気づきました。仕事一本で病院に籠もりきりになって家族を大切にする余裕がなくなってしまっている医師は、医師としても壊れていってしまいます」

中野「夏川さんはどのような大学生だったのかということがとても気になります」

夏川「大学時代の私は、家に閉じこもってひたすら本を読んでいました。海外旅行に行ったり新しい経験を積んだりということはそれほどなく、基本は本を抱えて講義室を行ったり来たりして、講義中はひたすら本を読んでいるという感じでした。もちろんその理由を問われれば、本を読むのが好きだからとも答えられるのですが、何かを見つけるためにひたすら本を読んでいたのかもしれません。具体的に何かを悩んでいたわけではないのですが、このまま医師になって大丈夫かだとか、6年間ある学生生活を何かに使わなくていいのかといった漠然とした不安がありました。そして、せめて時間があるのならば本を読もうと思ったのです」

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 良心に恥じない生き方

中野「本を読み、医師としてお仕事をされていく中で、夏川さんが作り上げられた世界観や人生観とはどのようなものなのでしょう」

夏川「最初にも言いましたが、良心に恥じないように、自分に恥ずかしくないように生きていくということになるでしょうね。人は迷っているからこそ本を読み、その中で魅力的な生き方を拾い、自分の人生の軸にしていくのです。私の場合は、ケネディ大統領の演説の言葉、『良心に恥じぬということだけが、我々の確かな報酬である』という言葉が心に響き、それ以来生きていく中での自分の柱にしています」

中野「自分に恥ずかしくない生き方をし、それに自信を持つということはなかなか難しそうですね」

夏川「難しいですね。実際、私自身もそれを探している最中です。良心に恥じない生き方と言いながらも、その良心の居場所は年とともに変わりますからね。しかしながら私はその良心のあり方は変わっていいものだと思っています。その中でも恥ずかしくないように生きようということだけは若い学生さんたちに伝えたいです」

進み続ける中で見えてくる、次のステップ

中野「現在の多様な選択肢・価値観の中で、自分の意志を持ち自分で選択出来る人もいますが、中には選択に迷ってしまう人もいると思います。そういった人はどのようなことをすれば最善の道に辿り着けるのでしょうか」

夏川「自分がやりたいことが本当にどうしようもなくわからないのであれば、何でもよいので一つ仕事に就いてやっていく、お金を稼いで自分の食べるものを確保しながら生活していくということが大切だと思います。私自身本当に選択に困ったときには、とりあえず目の前にあることをやるようにしていて、そのようにしていく中で次のステップが見えてくる時期が必ず訪れます。その過程を経て自分の進みたい方向が分かってくるようになるのではないでしょうか」

(記事作成:中野 綾香   記事編集: 和田有紀子

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