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慶應、電通を経て国際人権NGOへ 趙正美さんインタビュー

Human Rights Watch 趙正美さんに聞く NGOでの仕事のやりがいとは

記事作成: 高橋 健太   記事編集: 高橋健太 | Global |2015.12.04

二大国際人権NGOのひとつであるHuman Rights Watchの東京オフィスで働く趙正美さん。女子学院高校、慶應SFCを経て電通に就職というエリートコースを選んできた趙さんだが、2012年、Human Rights Watchに転職。なぜ転職するに至ったのか、NGOでの仕事のやりがいとは。趙さんのユニークな生い立ちについてなどについても、踏み込んで伺った。

国際人権NGO Human Rights Watch 発展戦略・グローバル構想局 ディレクター

趙 正美(ちょう ちょんみ)

1974年、東京都生まれ。1998年、慶應義塾大学総合政策学部卒。新卒で株式会社電通に入社、戦略プランナーとして大手外資系企業や国内大手通信会社、電機メーカーなどのグローバル・ブランドを担当。2007年、電通在勤中から国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの活動に参加、プロボノとしてチャリティ・ディナーなどの企画・運営を手がける。2012年10月にヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィスに職員として加入。現在はファンドレイズ(資金調達)、広報・コミュニケーションを担当する。趣味はダイビングとボートレース。

学生インタビュアー

高橋健太(たかはしけんた)

1992年3月生まれ。愛知県出身。寝ることを至上の喜びとしている。阪大工学部卒業後、東大の大学院に入学。現在は休学しNGOでインターンするなど、モラトリアムを謳歌している。

命をかけている仲間を助ける仕事

高橋「趙さんはHuman Rights Watch(以下HRW)ではどのような仕事をされているのでしょうか」

「ファンドレイザーとして、資金を調達する仕事をしています。東京でHRWのプロジェクトを応援してくださる方や企業を探す仕事をしています。楽な仕事ではないですけど、HRWがやっているリサーチプロジェクトやアドボカシー(政策提言)活動はすごく良い、必要な仕事だと思っているので、そのためにお金を集めるという仕事はすごくやりがいがあります。また、HRWの調査員は実際に紛争地へ赴いて調査をするなど、文字通り命をかけて仕事をしているので、そんな尊敬できる同僚の活動を経済面でサポートする仕事ができるのはすばらしいことだと感じています。」

慶應、電通を経て、NGOへ

高橋「HRWで働く前は電通で働かれていたということですが、NGOで働くにいたった経緯を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

「すごく長くなってしまうんですけど(笑)元々私自身が在日韓国人であり政治難民だったことがあるので、そのときから難民のために働きたいと思ってはいました。将来的にはUNHCR(国連高等難民弁務官事務所)で働こうと思っていたものの、経済的な問題で海外の大学院に進学できず、企業に就職しました。就職してみると面白いしやりがいもあったかったから14年半くらいつづけてしまったんですけど、やっぱりどこかで難民のことをやりたかったのにな、と思ってはいましたね。そんなときに、高校の塾に通っていた時代の知り合いである土井香苗から連絡があり、一緒にご飯を食べている時に日本でHRWを立ち上げるという話を聞きました。その時にHRWを初めて知って、企業みたいにEffectiveにインパクトを出せる団体だと思いました。その中で難民の権利についても活動を行っているということで、活動に参加したいと感じ、最初のうちは電通で働きながら、ボランティアとして4—5年くらいHRWの方でも働いていました。」

高橋「先ほどHRWがeffectiveだと感じたとおっしゃっていましたがその理由とはなんだったのでしょうか」

「元々母がNGOに係わっていて、身近で様々なNGOの活動を見る機会に恵まれていました。そのためNGOに対して自分なりに少し思うところがあり、“良いことをやっている”ということで満足してしまい、具体的な成果を出す事を重視していないという印象を受けました。時間をかけて何かをやるからにはアウトプットを出さなければならない、多くのの人間がかかわるからには、ゴールをちゃんと設定して、そのために努力して、そのあと見直し・改善をするといういわゆるPDCAをちゃんと回すべきだと思うんですけど、そういう視点が足りていないと感じていました。一方でHRWではPDCAサイクルを回すとか、インパクトを重視していて、そこに共感しました。

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高橋「それは趙さんが企業で働いていたから得られた視点なのでしょうか。」

「たぶんそうだと思います。企業で働いていた私にとって、結果が出ないのであれば無駄だという意識があった。ただ騒いでいるだけはダサい。

元々私はNGOで働くことは考えていなかったんです。大きな枠組みでシステムが変わらない限り、いつまでも人道支援をやりつづけることになってしまう。大きなインパクトを与えることができる機関はやはり国連だと思っていました。」

高橋「そう思っていた趙さんが、慶應SFCから電通に就職した理由とはなんだったんでしょうか」

「最初は就職して長い間働くつもりはなく、早くやめて大学院に行こうと思っていました。そのためにお金を貯めたいということで、お給料が高い順に会社を受けて、受けた中で一番給料が高かった電通に行きました。そういう不純な動機で受かったのは運が良かったですね(笑)」

高橋「早く辞めようと思っていたにも関わらず14年半も続けたのはどうしてだったのでしょうか。」

「まずお金が貯まらなかった。あと、意外と仕事が面白かったんですね。たぶん向いていたんだと思います。私は戦略プランナーという仕事をしていたんですけど、最初は3年くらいでやめようとゴール設定をしていましたが、やっぱり3年程度じゃ一人前になれない。それじゃ武器にならないよなーということで、せめて一人前になるまでは頑張ろうと思い、7年目ぐらいまでは続けようと、再度ゴール設定をしました。でも7年目になっても相変わらずお金はたまらないし、任される仕事も大きくなっていきました。仕事でも、コンペなどで勝った時の喜びは大きく、そのカタルシスっていうのはなかなか得難いもので、そういうのを一回知っちゃうとなかなかやめられない。どんどん仕事を任されるようになり、忙しくて前のように難民のことを考える余裕がなくなってきました。毎日4時間睡眠とかそういう生活をずっと続けていましたね。体力はあったと思います(笑)」

高橋「なぜ最終的に電通を辞めるという結論に至ったのでしょうか。」

「直接の理由としては、HRW日本代表の土井香苗から“東京オフィスで追加の人件費を確保したから、趙さん来るよね?”、と言われたことですね(笑)もともと私も一生をかけてもいい仕事だと思っていましたので、ポジションがあればそこで給料を頂きながら働きたいとは思っていました。でもやっぱり悩みましたね。このまま続けていたら管理職になり、そうなると部下に責任もあるし辞められない。今が決断の時だという感じはしていました。

あと、東日本大震災が起こったことも大きかったと思います。地震が起こったとき、私は麻布十番付近にある出向先の会社にいたんですけど、揺れがすごく大きくて、これで死ぬのかなと本気で思いました。そういうことがあって、なんで高校の時から思っていたのに難民のことをやってないんだろう、やっぱりやりたいことをやってから死にたいと思いました。あの震災がなかったら、たぶん辞めることをそこまで前向きに考えられなかったと思います。」

高橋「電通で学んだこととして、どんなことが今の仕事に活きているのでしょうか。」

「やはり全部活きていると思います。ベーシックなビジネススキルはもちろん、人の心をつかむことという点では、広告は本来そういうものですし、どうしたら我々の活動に寄付してもらえるのか、を考えることが今の仕事なので。

もちろん人脈の面でも、いろんな会社の人やメディアの人と係わってきたことで、信頼していただけて、今の仕事でも助けていただいたりしています。」

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自分は何者なのかと悩んだ学生時代

高橋「今の趙さんを見ると、すごいパワフルなイメージなんですが(笑)学生時代はどのような子どもだったのでしょうか。これまでの生い立ちについて聞かせてください」

「小学校の頃はなんでもトップだという自信があったんですが、女子学院という中高一貫の学校に入ってからは、自分よりできる人がいっぱいいて、自分は下から数えた方が早かった。そんな中で、勉強する気がどんどん失せていきましたね。そんなときでも英語だけは興味があって、高校でも1年間アメリカに留学しました。アメリカから帰ってからは留学で一年下の学年になったことやお嬢様学校の温室環境に違和感を抱いたこともあって結構グレてて、最低限卒業できるくらいしか学校に行かなかったです。みんなが行くので塾には行っていたんですけど、勉強しに行っていたわけではなく合コン相手を探すために行っていたという感じでした。週2,3で合コンして残りは合コン代を稼ぐためにバイト、というちょっと変わった高校生活をしていました(笑)

その当時から国連に行くという目標もあったので、外国の大学に行きたいと思っていましたが、同時に自分が何人なのかというアイデンティティクライシスに陥ってもいました。私は先ほども言ったように在日韓国人なんですけど、日本では在日韓国人というと差別されることもあったりする一方で、私は韓国語が喋れなかったので韓国人かと言われるとちょっと違う。じゃあ何者なんだと。その葛藤がいやになってアメリカに逃げたいと思っていたところがあったと思います。そのため父親から、その葛藤を解決するまでは日本から出るなと言われました。その時は本当に頭にきたんですけど(笑)20歳ぐらいになってやっと自分の中で折り合いがつきました。」

高橋「結局どのようなアイデンティティに落ち着いたんですか。」

「こういうと当たり前に聞こえるんですけど、結局は在日韓国人という、日本語を話して韓国的な文化を持っている少数民族であるというアイデンティティに落ち着きました。

まあそういう事情で日本で進学しなければいけなかったので、少なくとも国連行くのに有利な大学ということで、SFCかICUに行こうと思って、受かったSFCに行きました。SFCは都心から外れた場所にあって、勉強したい子はすごく勉強できる場所だったので、そういう意味でよかったです。あと、元々英語はできたので、第一外国語に英語を取らなくていいというところが良かった。結局第一外国語として韓国語とフランス語を学びました。

大学ではかなり勉強を頑張りましたが、テニスサークルでテニスしたり家庭教師をしたりと割と普通の大学生活を送っていました。他にはUNHCRで高校の時からボランティアをやったりもしていました。」

高橋「そんな独特のアイデンティティを持っている趙さんから、最近の世界の難民問題などに関して思うことをお聞かせください」

「結局他人ごとだとみんな思っていることが問題だと思うんですよね。概念として学ぶだけでは他人ごとで終わってしまう。そんな他人ごと感が無関心を生み、悪人を増長させてしまうといったところがあると思います。

難民は普通の人が明日なりうる問題なんだ、と理解することが大事だと思います。おそらくテレビを見ただけだと、難民って私たちと元々違うかわいそうな星の下に生まれてしまった人達の話なんだと思ってしまう人が多いと思いますが、違うんです。私は両親が韓国の軍事政権を批判する活動をしたために政治難民となったんですけど、自分がそういった状況になって初めて自分の身に起こりうる問題なんだと認識しました。国って無条件に信じていいものだと多くの日本人は思っていると思うんですけど、国っていうのは最終的に自分を守ってくれないことを実体験として私は痛感しました。

組織として国が一番大きなレベルのものじゃないですか。国が自分を守ってくれるかどうか分からないなら、それより小さいレベルの組織である企業や学校も自分を守ってくれるかわからない、なのでそういった組織に盲目的に服従するのは危険だ、という感覚は大事だと思います。」
高橋「趙さんの今後の展望についてお聞かせください」

「当分はHRWで頑張りたいと思っています。短期的には2年後に京都で大きな国際会議あるのでそれを成功させる、HRWのアジアでのファンドレイズのプレゼンスを大きくしたいということがあります。アジアにおける人権侵害をWatchするだけではなく、アジアでよりプレゼンスを大きくしていきたいと思っています。

長期的にはソーシャルビジネスにも興味があります。HRWは寄付ベースの活動であるべきだと思うんですけども、寄付ベースの活動に限界を感じることもあります。消費者にもwin-winな関係をもたらせるようなサービスを提供することってサステイナブルな活動ですよね。まぁどういうビジネスをやりたいというアイデアは今はないので、できたらいいなぁ、という感じですね。」

同調圧力に負けないこと

高橋「最後に学生にアドバイスをお願いします」

「まず具体的なアドバイスなのですが、世界の公用語は絶対に勉強しておくべきです。今は英語ですが、それができないと何もできない。時間があって、脳細胞が活発な若いときに勉強しておくべきです。なんだかんだ私が結局これまでやってこられたのは、英語ができたおかげなので。高校で英語を頑張ったおかげで大学入学時には英検一級と、国連英検特A級を持っていました。

あと就職する前にリサーチはしっかりすべきですね。私も毎日3時まで働く生活だってわかっていたら、電通に就職はしなかったかもしれないです(笑)

もうひとつ大きな視野のアドバイスとしては、周りの同調圧力に負けないことが大事だと思います。私もそうだったなと思うんですけど、大学で就職活動をしていると一流企業に就職しなきゃいけない、そういった同調圧力があると思うんですね。特に日本は就職が新卒の一回きりで割と決まってしまうところがあるので。

私の友達にすごく優秀な子がいて、商社の一般職に就職した女の子がいたんですけど、周りからは「もったいない、総合職でも就職できるのに」とすごく言われていたんですね。彼女にはさっさといい旦那さんを見つけて結婚したいというぶれない意志があったので、それに真っ直ぐに向かっていた。彼女がやりたいことは彼女にしかわからないし、外の人間が判断すべきではないですよね。そんなプレッシャーに負けてはもったいない。同調圧力に負けず、自分の信じた道に向かって頑張ってください。」

 

※Human Rights Watch(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)

1978年設立のヘルシンキ・ウォッチを前身とする、世界90カ国で人権状況をモニターしている国際的な人権NGO。ニューヨークに本部を置く。人権侵害に対し綿密な調査を行い、調査結果をマスコミやソーシャルメディアなどを通じて発信、アドボカシー(政策提言/ロビイング)活動を行い有力者に提言していくという方法論により政策や制度を変革することを目指して活動している。

編集後記

正美さんのように、将来国連に行きたいと思い頑張っている人、そして同じように自分のやりたいことは何かと悩んでいる人も多いと思うんですよね。

周りの目を気にして同調圧力に負けてしまうと、自分がやりたいこととのギャップがどんどん大きくなっていく。自分のやりたいことは何か、しっかり見定めて自分を持って戦略的にキャリアを積むのが大事なんですね。

英語に関しても、俺ももう少し頑張らないと…つらい…笑

(記事作成:高橋 健太   記事編集: 高橋健太 )

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